買ってきてちょっとだけ読んだ本で「キャラ」について書かれていました。
私は小学2年生のときギャルっぽい子に「まつげながいキャラ」と言ってもらったのが衝撃で、だからこそ今でも覚えてるんですけど、それ以来「まつげながいキャラ」としてずっと生きてきました。
「陰キャラ」なんて言葉も中学ぐらいになると流行ってましたね。「いやぼくちん陰キャラなんだけど」みたいなこと言ったら「いやここあは陰キャラじゃないでしょいじられキャラでしょ」と言われました。そういうことじゃんと思いました。
そういうのありますよね。所属するグループによって「キャラ」が変わったりしますからね。私もなかなか中途半端なので場所によっていつもボケてたりツッコミばかりしてたりします。オタクキャラの集まりでは大体ボケてる気がしますね。
このあたりから童貞論の続きに繋げていけないかなあと今考えているところです。「自分みたいなキャラが恋愛しちゃいけないんだ」みたいな。そういうのに縛られてアクティブな行動が制限されてきちゃうっていう。それで経験値を積めなくなり、ということで例の話に合流していく感じ。
自分も中学ぐらいのとき思ったんですよ。「女子と話せる(話していい)のはウェイ系の奴らだけだろ」と。
話の最中なんですけど今思い出しましたわ。初恋の女の子がその中学のときクラスメイトだった奴と付き合ってたんでしたわ。あーー。
でね、まあ「あいつら付き合ってるらしいぞ」という話を小耳に挟みましても私は「まああいつはウェイ系だからな」と考えたわけです。自分とはキャラ、所属する世界が違うからと。
たぶん個性尊重ゆとり教育がいくらか影響してるんでしょうね。オンリーワンになりなさいなんて言われるから何か自分の特徴的な、ほかの人と違う点を見つけようとする。でもそんなもん普通ないんですよね。各種メディアで「こんなすごい人がいる!」とかいくらでもやってますから、情報が入りすぎててお山の大将すらやれないわけです。学校で一番の成績とってもテレビ見たら開成高校の生徒は~とかやってるわけですよ。困っちゃいますね。
それでとりあえず所属してるコミュニティで色のある存在になろうとしてキャラとかいうペルソナをかぶってくわけですね。天真爛漫でやれてる人なんていまどきタグイマレなんじゃないっすか。
みたいな感じで切り口が一つ増えたかなあというところなんですが、どうも核心に迫れてない感じはありますよね。
というか、ぶっちゃけ当時よりもよくわかんなくなってますよ。今もう恋愛やるの怖いですもん。一旦”解脱”したはずなのになんかもう戻ってます。一緒にパンケーキ食べに行ってくれる女友達一人だけほしいです。あとはもういや。
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